撤収具合がハンパない⁈~クリスマスから正月ムードへ~

思う事

(画像取得元 ぱくたそ(pakutaso.com)さん)

皆さま、クリスマスはいかがお過ごしだったでしょうか?

家族と過ごされた方、彼氏彼女と過ごされた方、友達同士で過ごされた方、色々いらっしゃるかと思います。

なお、自分は仕事でした・・・(涙)

毎年思うんですけど、25日のクリスマスが終わって26日になると一気に世の中

「お正月ムード」

になりますよね。

自分は、このクリスマスから正月へのムードの切り替えにある種の面白さと違和感が織り交ざった感情を常々抱いてます。

まるで世の中の人全てが

「クリスマスを最初から無かった事にしようとしてる」

とさえ思えてしまうんですよね。(笑)

元々はキリスト教の祭日

キリスト教における祭日のうち

「イエス・キリストの降誕(こうたん)を祝う日」

がクリスマスなんだそうです。

(この場合の『降誕』とは、「個人としての誕生日」というより「神様から(救世主としての役割を)任命された日」という解釈の方が妥当とのこと)

いわゆる「宗教行事」なんですね。教会のミサに出向いて讃美歌を歌って静かにイエスキリストの降誕を祝うのが本来の形、とも言えます。

「都合よく都合のいい部分だけ受け入れる文化」の産物

ご存じの通り、日本ではクリスマスは宗教的意味合いはほぼ皆無で

「世の中全体でどんちゃん騒ぎの日」

「恋人たちの一大イベントデイ」

と化しているのが実情ですよね。

日本のこういったクリスマスの過ごし方は、毎年敬虔なキリスト教徒やキリスト教文化圏での生活が長かった人達等から批判の対象にされてはいますが(苦笑)、キリスト教文化の本場欧米でもみんながみんなクリスマスのミサに出向くわけではなく、日本のように飲み食いに終始する人たちも多くプレゼント商戦・飲食商戦と言った商業戦略に組み込まれているのは同じなのだそうですが、日本と違うのは

「家族で過ごす日」

「宗教的意味合いを持つ日」

という2点の認識が両立されてるという点だと思います。

アメリカの場合、過去には実際に日本のクリスマスのように

「単なるどんちゃん騒ぎデイ」

として定着しかけた事があるそうなんですが、敬虔な信者さん達の地道な啓蒙活動によって本来は宗教的意味合いを持つものという認識も併せてなされるようになったそうです。

どっちかというと、日本の「お盆」や「お正月」に近い認識なんでしょうね。

自分は、クリスマスも含め物事なんでも「本来の形じゃないとダメだ!」とは思いませんが、これだけ様々な情報を瞬時に手に入れられる時代になった現在、日本人が得意にしてきた

「外国の物の都合のいい部分(だけ)を都合よく解釈して受け入れる」

という文化も時代環境に合わせて変えていってもいいのでは? とも思います。

心のどっかで気にしてる?

受け入れ方の是非はさておき、昨今これだけ年間イベントの一つとして定着して毎年大いに盛り上がるクリスマスなんですから、25日以降も一日二日くらいその余韻に浸ってもいいと思うんですけど、世の中は26日になった途端にクリスマスのクの字も見えなくなり「お正月」一色になる・・・

これってもしかして、皆が心のどっかに

「後ろめたさ」

を感じてるから、なんでしょうかねぇ?

外から入ってきた、というより元々日本に無かったものを言わば

「勝手」

「本来とは違う形で都合よく」

持ち込み定着させてしまった事に対しての後ろめたさ・・・

勿論、自分個人の勝手な推測です(笑)。

あとがき

もし仮に自分も含めた日本人全体が

「日本式クリスマスに対するある種の後ろめたさ」

を感じてるとしても、別に後ろめたさを感じる必要もないのでは?と思うんですよね。クリスマスの過ごし方なんて国それぞれ、人それぞれでいいと思いますし。

ただその「それぞれ」に徹しられないのもまた、良きにつけ悪しきにつけ日本人の性(さが)なのかもしれません。

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