スキー再デビューに向けて~自分史編②~

スキー関連

【写真取得元 ぱくたそ(pakutaso.com)さん】

自分史編の第2段は、バッジテスト1級取得後スキー学校の助手となって準指導員検定合格を目指す過程での出来事を中心にをお送りします。
令和を迎え、昭和のスキーブームが過去のものを通り越してもはや
「歴史上の出来事」
ともなりつつある昨今ですが(笑)、これからスキーにも挑戦してみようとお考えの方、以前から親しみ現在でも楽しんでいらっしゃる方、自分のように現在休止状態の方、それぞれの視点で目を通していただければ幸いです。

履歴書を送るも・・・

○○山荘での居候期間も終わりに近づいた某日、2級・1級両方でレッスン及び検定を受けたスキー学校主任講師の先生に、「ここのインストラクターになりたいんです」と相談してみたところ

「校長にも話通しといてあげるから、奈良帰ったら履歴書書いて送っといで」

と言われたので、奈良に戻ってから早速履歴書を書いて改めて電話でその旨伝えた上で郵送しました。

待つこと約3ヵ月、差出人にスキー学校名と校長先生のお名前が記された封書が届きました。ドキドキしながら開封して読んでみたら

「えぇぇぇ!?」

不採用通知でした・・・

理由は、「来シーズンから「通い(地元在住者)のイントラ」だけで運営することになったから」、とのこと。

そのスキー学校だけでなく、スキー業界全体、もっと言えば世の中全体に不景気の風が吹き荒れてる中だったんでそれも致し方なし、とは思ってもやはり残念なのは残念でした・・・

気を取り直してふたたび来シーズンの所属先を探し直すことに。

スキー界狭し?

スキー場は引き続き妙高高原でと決めていたので、前シーズンお世話になった○○山荘さんという選択肢もあったのですが、その時は違うエリアにしようと考えアルバイト情報誌数誌の冬のリゾートバイト特集の中からスキー学校・居候の求人をいくつか選んで履歴書を送付。不採用通知が返送されてきたりや音沙汰が無かった所もある中内定通知と就業意思確認の電話がかかってきた某ロッジに居候することに決定。

  • 基本的な条件(仕事内容・リフト券貸与あり等)は○○山荘さんと同じ
  • 満室等忙しい日は丸一日仕事を頼むが、その日はバイトに切り替え日給支給

この二つがそのロッジに決めた大きな理由ですが、電話を下さったオーナーさんと話をした時の感じが好印象だったのもあります。履歴書の職務経験の所に○○山荘さんの事を書いといたこともあるんですが、「ご主人と直接話したことはないけど、近所だから何かと様子は聞いてるよ。あそこで一冬やってたんなら間違いないね。全くの居候初心者の人も来るから経験者が来るのは助かるよ!」って話をされた時、この世界って狭いなぁって感じましたが、その後もっとこの世界の狭さを感じる出来事があるのをその時はまだ夢にも思いませんでした・・

居候2回目

人生二回目の居候生活、仕事内容はお客さんの朝夕の食事の用意・後片付け、客室等の清掃、除雪など前回と大きな違いは無く、こちらも前に経験していたおかげで気持ちにも余裕があったので数日で流れを掴みましたが、そのロッジは立地がスキー場エリア中腹にあったのでお客さんの送迎や買い出し等にスノーモービルの運転が必要だったんですよね。最初は戸惑いましたが、2~3回経験すると走らせるのが楽しくてしょうがなかったです♪ 帰るお客さんを下ろして単身で戻る時、途中にあるヘアピンカーブでドリフト決められた時なんか「ヒャッハー!!」って感じでした。(笑)

スノーモービルコースや林道ツーリング等のアクティビティーを運営しているスキー場もたくさんあるので、スキー・スノボは苦手だけど雪遊びは楽しみたいって方にはうってつけだと思います。その際は係員・インストラクターの指示を遵守して安全に楽しんでくださいね。自分のように調子コいて雪壁や谷底に突っ込みそうにならないようお願いします(苦笑)。

どっきりロッジ

電話の際好印象を受けたオーナーさんは、実際にその下で働いてみてもほぼ電話での印象通りの方でした。もちろん基本無給とはいえ仕事ですから自分たち居候に対して厳しくする所は厳しくされてましたが、その場合も頭ごなしに押さえつけるようなやり方は決してせず、こちらの言い分も聴いた上で順序立てて納得しやすいように話して下さる方でしたね。聞けばロッジ以外にも自宅のある名古屋の辺りで何軒か飲食店を経営されてて、そこでも自分たちの様な若い人間をたくさん雇用してるとのこと。若者との接し方に長けてらっしゃるのも納得でした。

そんなオーナーさんだからこそなんでしょうが、毎年初めて居候やバイトにくる人に「どっきり」を仕掛けるのを恒例行事にしてらっしゃったんですよね!

正月休みを利用して泊まりに来る弟さん(職業は高校の体育教師)を

「某有名組織系列所属の幹部ヤ〇ザ」

に設定して、「組織には内緒でお忍びで来ている」とか「拳銃が入ってるから茶色い○○(ブランド名)のポーチだけは絶対触るな」とか「これだけ暖房きつくしても腕捲らないのはもちろん(刺青が)入ってるから」とか「やつの身代わりに今二人懲役に行ってる」とか・・色々振ってくるんですよね。

幸い(?)自分はネタ晴らしの直前に「これ、どっきりだな」って気付けたんでご本人には特に何も訊かなかったんですが、夕食後ご本人交えてみんなで食堂で飲んでる時に信じ切ってた同期の子の一人が恐る恐る・・

「あの・・ヤ〇ザの方々って退職金ってあるんですか?」

って質問してました。

その子もある意味ケッコウな度胸の持ち主ですよね!(笑)ご本人も毎年の事なんでもう慣れたもんで

「他の組織は知らないけどうちは組織への貢献度に応じて引退するときに渡してるよ。もっともあんたら堅気さんと違って、うちらの業界には給料って概念自体もないんだけどね」

ってスラスラと答えてらっしゃいましたね。

そんなロッジだったんで、それから何日かはオーナーさんの仕事に関する以外の言動を一旦は疑うようにしてたのは言うまでもありません(苦笑)

えらいとこで繋がった!!

上記のタイトルにもある「スキー界の狭さ」をより実感した出来事があったのは、大学の後期試験を終えてまた山に戻って数日が経った頃、買い出しでオーナーさんのお供をした時の事でした。

麓の町で買い出しを終えてロッジがあるエリアに戻る道中、運転してるオーナーさんが

「用事あるから知り合いのペンション回って行くわ。」

とおっしゃいました。それ自体はありがちな話なので自分も何も気にせず「わかりました」って返事したんですが、オーナーさんの話には更に続きが。

「実はそこで今居候してる女の子がペンパパ君の事知ってるって言うんだけど憶えてる?**さんって人。ペンパパ君と一緒に##先生のレッスン何回か受けてフリーで一緒に滑ったこともある、って言ってるらしいんだけど、これから行くペンションの女将さんっていうのがその##先生の奥さんなんだよ。」とのこと。

「えぇ?マジっすか⁈なんでそこで繋がるかなぁ⁈」って思わず声に出ました。

「だろう?ついこないだ別の用で奥さんと話してた中でお互いんとこの居候の話になった時に判ったんだよ。俺もそんな偶然あるんだぁって思ったさ。ほんとこの世界は狭いよなぁ!」

と話をしているうちに話題のそのペンション到着。

中に通され奥さんと一緒にお茶菓子を運んできてくれたのが話題の**さん。

「ペンパパ君久しぶりぃ!元気だった?え、髪の毛伸ばしてるんだぁ、意外ぃ!」

声を聞いたら頭の片隅でぼやーっとしてた記憶がはっきり蘇りました!そう。確かに一緒に##先生のレッスン受けて一緒に滑ったこともある**さんでした。3人でお茶を飲みながら話をしていた中で、**さんが自分を覚えていた主な理由というのが

  1. 居候先の○○山荘の名前が入った一般客が持ってない写真付きパス券を持っていたこと
  2. 2級に中々受からなかった時の話を熱く(?)語っていたこと
  3. 居候で山にこもる直前に彼女に振られた話をしていたこと

1の理由はさておき、2と3はろくでもない理由ですよね・・(苦笑)オーナーさんも先生の奥さんも笑ってました・・(恥)そんなこんなで自分のバカさ加減で蒔いた種の再会話(?)とオーナーさん・奥さん間だけの話が一通り済んだ後、今度は先生の奥さんから自分にこれまた思ってもみなかった話がありました。

「私が時々手伝いに行ってるスキー学校が、2月の修学旅行担当終わってからも3月の終盤頃まで抜けずに残ってくれる助手を探しててね。もちろん無理にとは言えないし言うつもりもないんだけど、ペンパパさん元々スクール志望だったってオーナーさんから伺ったからダメ元で直接聞いてみようと思って。」

需要と供給の一致

奥さんによると

  • 助手はスキー部・同好会所属の学生ばかりなので3月は岩岳学生大会他自分たちが所属している学生団体の大会とそれに伴う合宿で居なくなってしまう
  • 修学旅行担当をいつも頼んでる社会人の人達も3月は農業の準備や会社の決算等本業が忙しくなるので平日はまず無理
  • でも卒業旅行等で3月の平日にもそれなりにお客さんが入る

なので、その相手先のスキー学校としては

  • 学生だけど
  • 部・同好会等に所属していなくて
  • しかもイントラ志向の1級所持者

を探しているのだ、とのことでした。

なるほど、自分が相手先の需要と見事に一致した存在だったわけですな。

オーナーさんも

「ペンパパ君にとってはまさに渡りに船な話じゃない?こっちには余計な気なんか使わなくていいからよく考えて返事しな。」

とおっしゃって下さったので、2,3日考えてから返事させて下さい、と奥さん・オーナーさん双方に伝えました。そして数日考えた後、お話を受けてロッジからそのスキー学校に移ることに決めました。

「先生」と呼ばれてしまった・・・

プライベートで知り合いにごく基本的な事を教えた経験はありましたが、スキー学校に所属して他人様にレッスンした事など勿論なかったので最初は戸惑いの連続・・

元々友達付き合いもほとんどしてない自分が、高校生以来のまとまった人数しかも関東人メインの同僚達と共に寄宿して仕事する生活も戸惑いの連続・・

デビューはプライベートレッスン

常勤の先生のレッスンに付いてアシスタント実習を2,3度経験した後、いよいよ一人でレッスンを担当することになった自分。親戚連れ10人ほどのグループ、午前中半日利用で全員初心者のプライベートレッスンでした。

斜度がほとんどないエリアで板の脱着、ストックの持ち方、歩き方・登り方(俗にカニさん歩きと言われてる)・転び方・起き方、一歩ずつ向きを変える方法、滑り出し方等初心者が身に着けるべきスキルを一通り練習した後に、カニさん歩きで少し登って滑り出し板で三角形を作るようにしてブレーキ(プルーク動作と呼ばれる)をかけて止まる、という実際の滑走技術の練習に入り全員一通り終わった辺りでもう時間終了・・

とりあえず皆さん転んでも自力で起き上がれて、なんとか滑って止まれる術は覚えていただいたものの

「もう少し時間が残せてもっと練習していただけてたら・・」とか

「ほんとに自分の伝え方できちんと伝わってたのかな?・・」とか不安や後悔で頭の中がいっぱいだったのと、失礼のないように言葉遣いに気を付けつつ屋根・壁のない吹きっさらしの中でも聴こえるように声を張り上げ続けてたことで身体も疲労困憊・・

気心知れた身内に教えるのと、見ず知らずのお客さんに教えるのとは同じ内容でもこんなに感覚が違うのか⁈と実感しました・・

修学旅行生レッスンはつらいよ?

デビューの翌日以降も初心者・初級者のレッスンを何度か担当し、徐々に余裕も出てきた自分の次のデビューは修学旅行生担当。

一般のお客さんとは違う注意点等(後述参照)を、前日に宿舎で先輩助手の皆さんからも教えてもらって挑みました。

西日本の某高校の女子の班、人数は10人。開校式(朝礼みたいなもの)と講師紹介を経て生徒さんのもとへ。挨拶・簡単な自己紹介の後レッスンを行う場所にゾロゾロと移動してる中で、それとな~く班長の生徒さんにリサーチをかけます。

「みんな同じクラスとか部活なの?」

「クラスはバラバラだけど部活が同じとか中学が同じとかでみんな友達・知り合いですよ♪」

「うおぉー!!ラッキー!」(注意:心の声)

というのも、前日先輩からのアドバイスの中に

  • 女子の班は普段学校で仲の良くないグループ同士が一緒になると超険悪!
  • その場合講師は中立を厳守しないとその場でレッスンボイコット、最悪スキー学校自体が翌年以降の利用を断られる事態に発展することも・・

という項目があったので先ずそこが心配だったのですが、とりあえず第一段階は無事クリア。

だからといって安心・油断はできません。ケガ防止の意味でも一定の緊張感は持ちつつ和やかな雰囲気も保てるように気遣いながらレッスンを進めますが、その班に関しては取り越し苦労だったと言ってもいいくらい最後までスムーズに行きましたね!何と言っても若い子達だから体力もあるし技術の呑み込みも早い!

人間関係も良好だから慣れないなりにお互いを気遣い合えるし、班長さんにも協力的!

期間中ずっと雪がちらついて晴れることはありませんでしたが、良好な雰囲気の中だったんで彼女たちも「冷たいぃ~寒いぃ~♪」といいつつ楽しんでる様子でした。

このスキー学校所属の期間中、他のスキー学校への派遣含めて同性班・男女混合班合わせて10数回経験しましたが、この班はトップ3に入るスムーズさでした。ちなみに男子の場合も普段対立してる様なグループ同士が同じ班になるケース(例えばパリピ系のグループとその正反対グループ)はもちろんあって、互いに期間中もほとんど言葉を交わさないような事もあるんですが、女子のそれと比べると雰囲気がいい班との差が少ないように感じましたね。

もっとも初心者の班の場合、自分の事で手いっぱいで他人の事なんか構ったりイジったりしてられなかったというのが大きいと思うのですが、人生初の雪上・スキー体験という言わば「土壇場」に立たされた場合、女子よりも男子の方が弱いんでしょうね、たぶん・・(笑)

人間関係

学校こそ違えど学生という同じ身分の者同士が縁あって同じ場所で働き寝食を共にする生活は楽しいもので、同じ釜の飯食ったもの同士は必ず通じ合える、と当時は思ってました。もちろん仕事が終わった後宿舎でワイワイ飲み明かしたり温泉街に繰り出したり、時にはふざけ茶化しアルコール抜きの熱い語り合いがあったり、と楽しい思い出もある一方でそうでない苦い思い出もあります・・・

大学卒業後最初のシーズン(結果的にこのスキー学校最後のシーズンとなる、次回詳細の予定)から常勤になったのですが、その時に学生の子達と大衝突したんです。

直接のきっかけは

ある場所に自分と学生の子達数人とで集まってる時車が近づいてきたのに気付いた自分が発した注意喚起が『度を越えて高圧的』だった

と上級生達に訴えたことが原因なんですが、彼らがその件について自分を呼び出した時に他の子達の口からも次々出てくるわ出てくるわ!・・・

  • だいたい普段から普通に言えばいいことでもけっこう高圧的!
  • 去年まで同じ学生の助手だったくせに常勤になった途端に上から目線!
  • 学生の頃から部外者でしかも同じ学校でもないのに「そこはもっとあぁしたら?こうしたら?」と訊かれてもないのに自分たちの同好会の事にえらそうに口挟み過ぎ! 等々・・

当時は「自分はちゃんとしてる人間だ」という根拠のない自信を持っていた時だったので言われたことに対してムカつきを覚えたのも事実なんですが、彼らのタダならぬ様子を感じ取る感性も最低限持ち合わせていた様で反論等は何もできなかったですね・・・「悪気はなかったんだけどごめんなさい」って言うので精一杯でした・・

その日を境に彼らと自分は「冷戦」状態に突入・・・仕事上の事務的な連絡以外一切言葉を交わさなくなる日々が春先まで続き、話を聞きつけた彼らのOB・OG(学校を卒業した自分と助手同期の人達)が諸事取りなしてくれたおかげで、シーズン終了間際にそのOBOGチーム主催の「手打ち式代わりの飲み会」に招かれ一応事態は収束しました。

このトラブルは「対人スキルの無さから来る衝突」とでも言いましょうか、元々ボッチだった自分は他人との距離感を掴むのが下手で、特に一応の打ち解け合いを果たした立場・身分の近い相手(同級生や同期入社等)との適度な距離感保持ってのが最も苦手なんですよね。だから相手に過度に干渉したり逆によそよそしくなりすぎてトラブルや誤解を発生させてしまう・・・

前述のトラブルはまさに「相手(の領域)に踏み込み過ぎた」結果ですね。逆に

「ペンパパさんって未だによそよそしいよね・・」

と思われるくらい普段から距離を離してれば起こらなかった類の問題です。

今でこそ年齢も重ねて家庭を持ち、世間一般的とは言えないけど社会経験も積みあがったので、自分の「人間のでき具合」も判り対人関係の距離感も当時よりは適度な距離を保てるようになりましたが、当時はそんな自分の特性に気づいてるようで気づいてない状態でした・・

悪夢ふたたび?初準指導員検定

日々のスキー学校業務の傍ら準備を進めつつも、心の隅に前述のトラブルのモヤモヤも抱えながら挑んだ初の「準指導員検定」。

バッジテストやその直接の発展形であるプライズテスト(柔道や空手で例えると「段」にあたるもの。実技のみ)と違い、実技・学科両方の検定が行われ、秋口の学科講習とシーズン中の実技講習両方の全課程を修了しないと受検自体が出来ない、という検定規則。実技講習終わってからはあっという間に感じましたが、それまではすごく長く感じましたね。

結果は

大見出しからも予想していただける通り(?)

「不合格」でした・・

種目数に惑わされる・・

準指導員検定の実技種目はそれまでのバッジテストの倍以上約10種目(記憶が曖昧でスミマセン・・)あったのですが、それだけにバッジテスト段階よりも技術的な「厚い基礎」が不可欠であり、種目ごとの傾向対策もそれがあって初めて活きるんですよね。

自分の場合は「重心移動の精度」。不整地(コブ斜面)小回りのような応用的種目でも勿論ですが、準指導員検定はプルークボーゲンのように

「先生による模範滑走」

を想定した緩斜面を低速で、しかも種目ごとの「設定」(例:軸足の操作がパラレルターンと同じ操作のプルークボーゲン)を満たして滑ることが要求される種目がメインなので、重心移動のための運動がバッジテスト段階よりも高精度でないと、緩斜面というスピードに頼れない状況では、求められる基準を満たしたスキー操作もできないんですよね。だから重心移動を伴わないプルークボーゲン(ハの字)は辛くも合格しましたが、ほぼ同じ斜度設定で行われる「パラレルターン」(明確な重心移動が必要になる)系の種目、および不整地(コブ斜面)小回りが見事に不合格になり総合点でも合格基準点に達せず、になったわけです・・

2級の時にあれほど(?)身に染みたはずだったのに、この段階に及んで「喉元過ぎればなんとやら」で忘れてた、と言うかさして向上していなかった「自己分析力」が招いた結果、と言えます・・

長い目と目先の使い分け

今になって振り返ると、せっかく「人並みの社会人生活」を投げうってスキー学校の常勤になった、普通に就職した人よりスキーに時間を割ける身分になったわけですから、特に最初の1~2年は準指導員だの検定だのと「目先の目標達成」や、スキー学校常勤という「スキーヤーの形式」だけに囚われずもっと「長期的な幅広い視点」で

  • 身体能力及びスキー技術の根本的向上
  • 「自分のスキー」に集中できる環境設定および準備(居候に戻る、シーズン中は夏場の稼ぎ分だけで食いつなぐいわゆる「籠(こも)り」等も含む)

を主眼に取り組むべきだった、と思います。具体的に例示すれば

  1. 先ずテクニカルプライズに合格してから指導資格取得に移る(求められる技術レベル自体は準指導員よりも高いため精神的にも余裕が持てる)
  2. 夏場の仕事に費やす時間・労力はギリギリまで減らし、筋トレや走り込み等身体トレーニングに充てる
  3. それにより自弁できなくなる部分は素直に親の援助を求める

当時の自分がやってた事というのは、「間違い」でこそなかったけれども「正解」とも言えない、まさに「中途半端」だったんですね・・・

特に「3.」の項目というのが当時の自分の中途半端さを一番表してる、と今は思えるんですよね。

というのも、どのみち自分がどう思おうと普段どうしてようと、いわゆる

「普通の就職」

をしなかった時点で世間的には

「親のすねかじりのプータロー」扱い

にしかならなかったわけですから、変に虚勢張らずに素直に親に出してもらえる所は出してもらって、せめてテクニカル合格するまではスキー場やスキー学校の常勤もせずスキー技術向上だけに専念すればよかった、時期・段階ごとの優先順位をもっと考えて行動すればよかったんです。当時はまだ父親も働いていたし、元々サラリーマン世帯としては今の我が家より遥かに裕福でしたからそれも可能だったんです、今思えば。

元来不器用な自分が

  • スキーヤー・スポーツマンとしての向上
  • スキー学校従業員としての向上
  • 1人の社会人としてあるべき姿

これら3つの事を同時進行で両立させるなんて土台無理ゲーだった、という事に気づけばよかったんですよねぇ・・気づけなかったんです、当時は。

決断、移籍、そして結婚。自分史編③へ

受検に必要な養成講習も含めると検定受検そのものに1年の期間を費やす準指導員検定を突破できず、2級不合格時を超える「失意のどん底状態」で奈良に帰った自分・・・

そこでスキーの道に見切りをつけて普通の社会人生活へ、という選択肢も取れましたがそうしなかったのが自分の自分たる所以・・(苦笑)

次回「自分史③」では、所属組織・拠点スキー場の移籍、準指導員再挑戦から奥さんとの出会い・結婚に至る話を中心にお送りします。

自分史編②、お付き合いいただきありがとうございました。

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